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Shogun_zuka

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Shogun_zuka  

From Shogun_zuka view

延暦13年(794年)、Kyotoに都が移されたことには一つのエピソードがある。
当時、桓武天皇は、都を奈良からKyoto南方の長岡に移していたが、結果は思わしくなかった。
このとき臣下の和気清麻呂は、狩りにことよせて天皇を東山の一峰に誘い、眼下の盆地をみおろしながら、此処こそ都を定めるにふさわしい場所だと進言した。
天皇はそれに従い、都を建設して、平安京と名付けた。

その際、桓武天皇は、清麻呂と登った一峰の上に、甲冑と弓矢で武装した高さ2.5メートルの土人形を埋め、塚を築いてKyotoの守り神とした。
以来このShogun_zukaは、国家に変事が起ころうとするときには鳴動したといわれる。
特に保元の乱(1156年)と治承の乱(1179年)の際には諸国に聞こえるほど鳴り響いたという。
近年では太平洋戦争中に鳴動したとの噂がある。

Shogun_zuka

Shogun_zukaは、Kyoto市東山区長楽寺山の頂上に今もその形をとどめている。
円山公園と長楽寺参道の間の道を山の手に入った弁財天女社の脇に登山道がある。
そこから先は道が枝分かれし、道標もないので戸惑うが、とにかくメインと思われる道を進むと、途中からはほぼ一本道となる。
頂上は、青蓮院(Chion_in Templeの隣)の飛地で大日堂があり、拝観(有料)を申し込めばShogun_zukaが見られる。
石垣をめぐらした小さな塚だが武人像は今も塚の中から眼下のKyotoを見守っていることだろう。

帰路は自動車道が来ている駐車場に行き、そこからKiyomizu TempleKyoto市東山区清水)の裏に下るコースをとってもよい。
ただしこれも、迷う心配が無くもない。

次は Kiyomizu Temple

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